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2008年03月08日

カナダロケ同行者より一言

Kdzさんが詳しく書いてくれたので書くことも無いのですが、チョットだけ書きます。
海外ロケで、ジッポーのライターは持って行かない方がいいようです。
カナダに付き、イエローナイフに行く為の国内線に乗り込むとき、セキュリティーチェックでジッポーのライターの持込がだめで、中身だけ没収されました。揮発系のものはだめのようです。

ロケの最後に、自分の為に町のコンビニでイエローナイフzippo.JPGと書いてあるジッポーを買いました。もちろん、オイル入れずに日本に持ち帰りました。  FO
2008年03月07日

イエローナイフ訪問記F〜防寒対策〜

20080307125732.jpg20080307125812.jpg20080307125849.jpg20080307125922.jpg20080307125952.jpg20080307130032.jpg長々と綴ってきたこのイエローナイフ訪問記も、今回で最後です。そこで、今更ですが防寒対策について書いてみたいと思います。
カナダ極北地方にあるイエローナイフは、この時期-20℃から-40℃になると聞く極寒の地だけに、各機材用にあれこれ対策を講じました。
まずカメラ用として、試作品で、開口部が少なく、露出部がほぼ無い完全にカメラ本体を覆えるタイプの物(黒い方) と、ソニー純正の一部露出部がある物(銀色の方、D600用)と2種類(2カメの為)の防寒ブリンプを使用しました。さらに、ZIPPOハンディウォーマーを1台のカメラに付き3個づつ、計6個用意しました。それをブリンプの内ポケットのバッテリー部、ボディ部、レンズ部にそれぞれ当たる様に配置。
ミキサーは断熱シート製のバッグに入れ、合うサイズに加工し、更に手頃なサイズのソフトバッグに収めた物をミキサーバッグに入れて使用。
予備テープ、バッテリー類は、ある程度の分量を大型バック内に断熱シートでくるんで入れておき、必要最低限の分量を断熱シート製のバッグに入れて持ち運んでいました。1カメのみの時は、余ったハンディウォーマーを各々のバッグに入れていました。
屋外、室内移動も温度変化が激しい(気温が高くても外は-10℃〜室内は20℃位)為、カメラを大型ビニール袋ですっぽり覆い、徐々に中に入れる様に気を付けてましたが、段々そこまではしなくても大丈夫だと分かり、ブリンプを着せて電源を入れたまま室内で10分程室温にならせるだけで問題ありませんでした。
これは、特に黒いブリンプは完全密閉出来る上、保温性が高く、更にハンディウォーマーの発熱性が良かった事、HDW-750自体発熱しやすいカメラだという事もあると思います。(レンズ部は結構冷えてましたが)
しかも気温も、初日こそ-19℃迄下がりましたが、平均して-12℃位と予想より暖かかった事も有ると思います。ちなみに、我々が来る前日は、-32℃でした・・・。ついていたと言えるのでしょうか・・・!?
ブリンプとハンディウォーマーのお陰で、バッテリーの持ちも十分でした。
以上が機材の防寒対策です。人間の防寒対策は、ツアー会社がレンタルしてくれる寒冷地仕様の本格防寒着と、個人で用意していった防寒具で問題無しでした。ただ、何処に行っても室温が非常に高く、外では完全防備でも室内ではTシャツ1枚で大丈夫な位温度差が有るので、着たり脱いだりが煩わしかったりします。実際、お店に買物などに行くと、店員さんは半袖Tシャツ1枚だったりします。
最後に、そんな極寒の地から帰って来ると、日本が暖かく感じるでしょうと言われるんですが、-12℃だろうが10℃だろうが、寒いモノは寒いです!!程度の差はありますがね・・・

Kdz
2008年03月06日

イエローナイフ訪問記E〜食は極北にも有り!!〜

20080304162106.jpg20080304162141.jpg20080304162210.jpg20080304162358.jpg20080304162956.jpg
“食は広州にあり”と言いますが、ここカナダの極北地方にも美味しい郷土料理が有ります。
普段、昼食等は街中のハンバーガーショップやピザショップなどでハンバーガー類を食べる事が多かったのですが、シッカリと郷土料理も食べて来ました。
グレートスレイブ湖に程近い所に“BULLOCKS BISTRO”という、ログハウス風の店がありまして、店内に入ると壁や天井に所狭しと、色々な国から来たお客さん達のメッセージが。中には名刺や、お札まで!負けじとコッソリ書いてきちゃいました。もし行く機会が有ったら!?探して下さい。
さて、そのお店で、昼食がてら郷土料理を撮影させて貰おうとその場でお願いした所、気の良さそうなお兄さんが、我々しかお客さんが居なくて空いていたからかアッサリOK。調理風景まで撮らせてくれました。その日はアーキテクチャーという鮭によく似た魚1品と、ホワイトフイッシュと、もう一種名前を忘れてしまいましたが、この地方に棲息する白身魚の2品を食べました。(写真にはありません)アーキテクチャーは正にサーモンといった感じ。白身魚はどちらもアッサリしていながら旨味が有って、いずれもとても美味でした。
後日、またその店に行く機会が有り、今度は違う料理を撮らせて貰おうとした所、何とNGとの事。では昼食だけ、という事で店内に入ると、この前とは違い大勢のお客さんが。ああ、このせいか、と思いつつ料理を頼むと、店員さんもこの前の彼ではなく、気の強そうなお姉さんが。接客もとってもぶっきらぼう・・・
兎も角、この日頼んだのは写真にある3種類の料理。1品目はバッファローのステーキ。身はとても硬くて、レバーの様な味がしました。噛み応えのあるワイルドな味わいです。2品目は同じバッファローのシチュー。こちらは煮込んであるからかとても柔らかく、味が染み込んでいて素直に美味しいです。3品目は、コブという、以前食べた物とは又違う種類の白身魚です。味は淡白ながらシッカリと味わい深く、これも美味でした。いずれの料理もサラダとフレンチフライ、自家製パンが付いてくるんですが、兎に角ボリュームはかなりの物でした!流石アメリカンサイズ、じゃなくてカナディアンサイズ!!
食事を満喫し、ぶっきらぼうなお姉さんに別れを告げて店の外へ。ふと、ある看板に目をやると、そこには・・・
“Good Food,Bad Service”・・・納得、これが普通なんですね!美味しかったです、お姉さん!!

Kdz
2008年03月03日

イエローナイフ訪問記D〜オーロラ〜THE NORTHERN LIGHTS

20080303165816.jpg20080303165908.jpg20080303165946.jpg20080303170037.jpgイエローナイフといえば、オーロラ鑑賞。今回のロケはオーロラ撮影は絶対条件では無かったのですが、撮れるものならチャレンジしてみようという事で毎晩撮影に出掛けました。
初日の夜は、街中から離れた湖に行き、しばし待機。すると、薄雲の掛かった夜空に、白〜い煙の様なオーロラがゆらりユラリとたなびいて…。え、あれですか?確かにオーロラなんですが、もっと色も形も変わりながら優雅に揺れているオーロラを想像していたので、正直ガッカリ…。しかし、冬のこの時期は空が晴れ渡る日が多く、オーロラベルトの真下にある事もあり、オーロラ遭遇率が大変高いとの事。翌日以降に期待する事に。そして翌日からは、街から30km程離れたオーロラビレッジという、整備された観測地に行きました。
そこにはドーム型の待機所が幾つもあり、見晴らし台も数ヶ所あるなど、観測するには正にもってこいの場所です。ツアーだと、ホテルを22:00頃バスで出て30分程で現地に到着。そして大体深夜2:00頃まで、最大延長して4:00頃までここでオーロラ鑑賞をします。
と、こんなにも恵まれた環境下で毎晩粘ったのですが…残念ながら、天気には恵まれずに結局撮影はおろか、観ることも出来ませんでした…。我々が来るまでは毎日観れていたそうです…。普段の行いが悪かったのでしょうか…。誰の…!?
と、ここで一つ。皆さんは、オーロラは寒いこの時期にしか観れないと思っていませんか?実は、夏でもオーロラは観れるんです!!8〜9月にも見事なオーロラを観る事が出来ます。
辺り一面、銀世界の冬も良いですが、カナダならではの自然が広がる夏場に来てオーロラを観るのも良いのではないでしょうか?
Kdz

食在広州!

広東料理.jpg新郎新婦.jpgポスター.jpgオリンピックスタジアム~00.jpgオリンピックホテル~00.jpg

Kdzさんの極寒カナダから一転、私は温暖な中国の広州に来ています。「食は広州に在り」の言葉どおり、どの料理も美味しくいただいております。全体に少し甘めですが、歳をとってもいっこうに成長しない、お子ちゃま舌の私にはちょうどいい感じです。特に飲茶はどれも美味しさの芸術品ではないかと思うくらいです。いまや、なにかと問題ありの中国食品というイメージが蔓延していますが、「木を見て森を見ず」「熱しやすく冷めやすい」日本のマスコミに踊らされないように自戒を込めて気をつけないと、と思います。たしかに食は広州に在ると思いますが、毒は広州に無しと思いたいですね!(^_^;、ただ色は広州に無しだとは思いますが・・・ 広州女性の皆さん、対不起!m(__)m
さて、ある日の平日、お昼を食べに行ったレストランで披露宴があるらしく、新郎新婦が入口に並んでいました。平日なのに珍しいなあと思いましたが、驚いたのは入口横に立て掛けてある看板。そこにはモデルのようにポーズをとったお二人がこれまたラブラブな姿で並んでいるではあ〜りませんか!遅れて来た人達にも一目でココとわかるように? それともお迎えする気持ちを表わす為? 何れにしても日本ではあまり見ないんじゃあ〜りませんか? 結婚式に掛ける情熱は日本とは比べものにならないほどだそうですからね。新郎に賭ける情熱よりも大きかったりして・・・ (~_~;
ホテルは市内の東の外れにあるのですが、部屋の窓から我等がホーム「埼スタ」に少しプロポーションの似たスタジアムが見えます。チョット気になるのでアプローチしてみると、「奥林匹克スタジアム」と言うらしいのですが、北京オリンピックでは使われないそうです。ならば地元広州のサッカーチームのホームかというと、そうでもないらしく、今は空き家?の状態の様ですね。何とも勿体ない!なにせスタジアムの一角に「奥林匹克大酒店」というホテルまで併設されているのですから、なおさら勿体ない! スイートの部屋からはピッチが見渡せたりするのかな?と思いましたが残念ながらそれはないそうです。アメリカにそんな野球場があったかと記憶していましたが、あやふやなので、詳しく知っている方がおりましたら教えて下さい。
三月に入り、そろそろ「赤い血」がムクムクと騒ぎ出したお陰で眼は真っ赤。黄砂と花粉で鼻まで真っ赤、おまけに円安で財布の中まで真っ赤かで〜す!
「コイツは春から縁起がいいや!」(*_*)
今年こそ絶対に祝杯を!

Moonyman
2008年02月29日

イエローナイフ訪問記C〜魅惑の極北体験〜

20080229000410.jpg20080229000433.jpg20080229000538.jpg20080229000719.jpg20080229000733.jpg20080229120832.jpgイエローナイフでは、極北地方ならではの様々な珍しい体験、気候風土が体感出来ます。
イエローナイフから北の地方は、大小様々な湖が散在する湖水地帯なんですが、冬季になるとそれらが全て凍結し、氷の大地へと変貌します。そこに出来るのが、“アイスロード”です。読んで字の如く氷の道路で、大体2m位の厚さになるそうです。以前も書いた通り、ノースウェスト準州には金鉱やダイヤ鉱山がありますが、それらに送る物質や重機は夏季には飛行機を使わなければならず、コストが大変掛かってしまいますが、冬季には湖水地帯が一面凍結した大地になり、そこに出来るアイスロードを使って大型トラックで輸送すれば大幅なコスト削減に繋がる為、かなりの交通量があるそうです。
そして、大雪原が広がり、ドッグレースが盛んな極北ならではの体験といえば、犬ぞり。3〜4人が乗れるソリを10頭程の犬たちが勢い良く引いて行くのですが、これが意外と猛スピード!!シッカリと体を支えてないと振り落とされそうで迫力満点でした。が、ここで一つ注意点を。乗ってる最中、何やら臭って来るなぁ…と思っていると、何と犬達が全速で走りながらフンをしてるではないですか!!犬達は雪を蹴り飛ばしながら走り、その雪がコチラに飛んで来るんですが、マサかフンも一緒に飛んできてるんじゃあないだろうか…という別のスリルも味わって来ました…。一番前に座る時は注意しましょう!!
その他にも、小型飛行機を使った、トナカイの仲間であるカリブーの遊覧も有ります。我々も機上からの空撮と、湖に降りての撮影をして来ました。最初は物珍しいのか、遠巻きにこちらの様子を伺っていましたが、30分もすると飽きた様で何処かへと去ってしまいました。
Kdz
2008年02月25日

イエローナイフ訪問記B〜about YELLOW KNIFE〜

20080225182512.jpg20080225182612.jpg20080225182644.jpg20080225183502.jpg20080225183558.jpg20080225183641.jpg20080225183801.jpg
前回のブロクのタイトルに“イエローナイフ訪問記A”を付けるのを忘れてしまいました…これがBです。
今回はイエローナイフの事を紹介します。
カナダの極北地方、ノースウェスト準州の州都であるイエローナイフは、日本ではオーロラ鑑賞で有名ですが、元々は金鉱で栄えた街で、近年ではダイヤ鉱山の開発も盛んになって来ています。カナダではダイヤの徹底管理を行っており、全てのダイヤにシリアルナンバーを付けて管理していて、いわゆるブラッドダイヤモンドの流通を防ごうと積極的に取り組んでいるそうです。
市内には世界で唯一のダイヤの加工学科があり、日本から来ている生徒さんを取材させて頂きました。
さて、市内にはフランクリンアベニューという大通りがあり、この通り沿いに様々な施設やお店が立ち並んでいます。そこにはYK Centre Mallという巨大なショッピングセンターが有るのですが、そこの表には温度計付きの電光掲示板が有って、分かり易い目印にもなってます。ちなみに撮影した時は-17℃…。
道はどこも全て凍結路面。しかし、行き交う車は普通のスタッドレスタイヤで走ってます。それで全然スリップせずに走ってました。どうも、気温がかなり低いせいでタイヤと路面との間に水の膜が出来ないかららしい…と聞きました。
そんな極寒地にも関わらず、車が普通に路駐してあったりします。しかし、ボンネットからはバッテリーの充電並びにエンジンウォーマー用の電源ケーブルが延びていて、しっかりとコンセントに差さってました。流石…。車のナンバープレートがまた可愛らしく、白熊を型どった物で、お土産としても売っているとの事。
イエローナイフに降る雪は日本で見る物とは違い、塊で降ってくるのではなく結晶の粒で降ってきます。その粒がまた大きい…。降ってくる時に、太陽の光やライトの光を受けると、キラキラと乱反射してとても幻想的で綺麗です。気温が極低音なので、いつまでも融けずに形を保っています。
Kdz

EAST MEETS THE NORTH

20080225161836.jpg20080225161905.jpg20080225161940.jpg20080225162116.jpg20080225162202.jpg20080225162252.jpg撮影してきたおおたか静流さんのコンサートツアーについて。
去年に続き、今年は2回目だそうです。地元ノースウェスト準州出身の先住民族であるデネ族のドラムダンスアーティスト、マイケルケイゾン氏と、サヌカイト石琴奏者、臼杵美智代さんとのセッションコンサートでした。
サヌカイトとは、香川県でだけ産出される自然石だそうで、“讃岐の岩”の意を込めてサヌカイトと名付けられたそうです。その音色は、何とも透明感のある、澄んだ神秘的な音でした。そのサヌカイトと、おおたかさんの歌声と、マイケルさんのドラムの融合はとても素晴らしく、東洋の伝統と地元の伝統音楽のセッションはまさに“EAST MEETS THE NORTH”!!
開催された会場は「Northern Arts and Cultural Center」、通称NACCと言われる、イエローナイフ市内で唯一と言えるイベントホールなんですが、なんと場所は高校の裏側、というか同じ敷地内にあります。ロビーはまんま校舎と繋がっており、生徒達が寛いでいました。
実はコンサート当日は月食と重なるという偶然が有ったのですが、残念ながら厚い雲に覆われてて見る事はできませんでした。時間も丁度コンサートの開催時間と重なっていたので、見れればさらに神秘的なイベントになったかもしれません。
当日は客席は満席で、オーロラツアーで来ていて、現地でコンサートの事を知った日本人観光客や、地元のお客さんも沢山訪れ、大変な盛況ぶりでした。そして最後にはスタンディングオベーションで拍手喝采。終了後のロビーではお客さん達との交流の場になり、訪れた人達は皆満足そうでした。
Kdz

イエローナイフ訪問記@〜初日の出来事、宿泊先など〜

20080225124234.jpg20080225124316.jpg20080225125436.jpg20080225125532.jpg20080225125859.jpg今回、シクロイマージュさんのお仕事で“おおたか静流EAST MEETS NORTH イエローナイフコンサートツアー”の収録の為、カナダのイエローナイフに行って来ました。
日本からバンクーバー経由でイエローナイフ迄、約12時間の長旅です。去年からバンクーバーからの直行便が出来たそうです。
飛行機が到着し、タラップに一歩踏み出すと…さ、寒いっ!!さすが極北地方、一瞬で鼻毛が凍るのが実感出来ます!
さて、ターミナルビルに入り、預けた手荷物を受取ろうと待っていたんですが、何時まで待っても私物のスーツケース2つと機材のボックス4個が出て来ない…何と、重量オーバーで預けた荷物の半分が載せられず、夜の便か翌朝の便に回されてしまったとの事…。幸い、最低限の機材は有ったので、なんとか市内の実景は撮れましたが、色々用意した自分用の防寒着が無く、着の身着のままで臨んだのですが、正に身を切られる様な寒さが身に染みました…。因みにこの日の気温は今回のロケ中最も寒く、-19℃でした。
そんなこんなで1日目が終わり、一路ホテルへ。今回宿泊したのは市内の中心部に程近いコーストフレーザータワーというホテルです。広い部屋で、キッチンもあり部屋でパーティをするお客さんも居るそうです。部屋は7Fにあり、ベランダからの眺めも中々。イエローナイフの周りには大きな街もなく、街明かりが無く暗いので、イエローナイフの街明かりだけが雲に反射して、まるで此処だけ傘を被った様な幻想的な風景でした。
ちなみに、荷物は翌朝届きました…続く。
Kdz
2008年02月13日

Viva! World Chanpionships!

斜度27度.jpgスカイカム映像.jpgスカイカム.jpgMikaさん一家.jpgベルギーサポーター.jpgメディアセンター.jpg

何故か途中から文字化けしてしまったので改めて書き込んでいます。早速お知らせしてくださったブログの達人Mさん、いつも励ましのお言葉ありがとうございますだ。ブログといいながらも、長々としたレポートのようになってしまっておりますが、これからもよろしくお願いいたします。今度は大丈夫かなあ・・・

ここトレビゾに来てからは天気に恵まれています。オランダのオッスでは一日のうちに目まぐるしく天候が変わり、肌寒かったですが、ここは一日安定していて日射しも暖かく快適です。冬、北ヨーロッパの人達がイタリアやモナコ、ニースなどへ太陽を求めて避寒?するのもわかる気がします。たぶん、冬のヨーロッパはアルプスを挟んで北が日本海側、南が太平洋側のような気候なのではないでしょうか。ちょっと大雑把ですが・・・ トレビゾの気温はほぼ東京と同じくらいかと思われますが、レース本番の前日、ジュニア&ユースのレースの日には、朝、ホテル裏の青空駐車場に止めてあった車に霜が降りました。この時は「あ〜ここも霜が降りる日があるんだ〜」程度に思っていたのですが、実はこの霜がシクロクロスという競技を面白くする上で欠かせないスパイスであることがわかってきました。レース会場は街から北へ車で30分ほど行った湖に隣接した「Le Bandie sport center」というところ。会場へ行ってみると、当然、街よりも霜の量は多く、コース上も白く光っています。この霜がレースが始まる頃になると・・・ 気まぐれな勝利の女神に悪戯を働いて、思わぬ結
果をもたらす事になるようです。コースは一周約3,2km、アスファルトあり、芝あり、ダートありの混在した路面に、ストレート、ヘアピン、急斜面、階段などが組み合わされた複雑な構成になっています。そのコースを男子は60分、女子は40分を超える周回を最終周にしてゴールとするので、今回はおおよそ男子が9周、女子は5周というのが目安となります。終わってみれば短いその時間の中に人生の縮図が映るのはどのスポーツにもいえると思いますが、とりわけ単純な走る競技、マラソンや駅伝、ツール・ド・フランスなどに、色濃く反映しますね。このシクロクロスにもそれを感じさせる要素が盛りだくさんです。皆、一斉にスタートラインを飛び出し、自分の力を頼りに前進します。心の友は自転車、こいつと二人三脚です。走りやすいアスファルトのストレート、急転回しなければならない芝のヘアピンカーブ、ジグザグの土の登り道、霜でぬかるんだ下りカーブ。そうです!霜はレースが始まる頃には融けて、コースの所々にスリッピーな罠を仕掛けるのです。これが面白い!レースというミニ人生、見てるほうは気楽なもんです。そして難所の崖登り、躓きやすい階段なん
てのも現れます。こうした場所では自転車を肩に担いで登ったりします。ちなみに、シクロクロスは雨が降ろうが雪が降ろうが槍が降ろうが?天候にかかわり無く行われます。こうした悪路も走るのですから、相棒の自転車はだんだんタイヤ周りに泥が付き、走るのが重くなってきます。そこでピットに入り、もう一人の相棒Bに乗り換え、相棒Aは洗浄をしてリフレッシュさせます。ここにいる数人のピットクルーは選手を陰で支え、励ます、家族です。こうしてサポートを受けながら走り続けた集団も、やがてバラバラになりトップグループ、中団、下位と、それぞれの集団の中で競い合ってゴールを迎えます。歓喜の美酒を味わえるのはただ一人、残酷ですがこれが現実。そして、順位に拘らず、満足する者、落胆する者、皆、それぞれの思いを胸にレース会場を後にします。次のレース(人生)こそ、絶対にと・・・ 
どうですか? 興味が湧いてきましたか? 能書きはいいからMikaさんはどうだったかって? そうですね。今回の主役ですものね。それでは、ということで「百聞は一見に如かず」 結果を知りたい方は3/7(金)23:30〜 BS−i 「銀輪の風」を是非ご覧ください。BSデジタルなので視れない方もいるかと思いますが、Yahoo動画にもアップするようなのでそちらでぜひぜひ。でも、数ヵ月後らしいのですが・・・ (^^;
ちょっとだけお話しすると、家族みんなでイタリアまで応援にきた甲斐もあって、結果は本人も納得のいくものだったようです。もっと詳しく知りたい方はイタリアのサイト?ですが以下をクリックしてみて下さい。うまくジャンプしないときはコピー&ペーストでね。

http://www.cxtreviso2008.com/iscriviti.asp?topmen=7&sottopmen=2&l=2

レース後、笑顔で「来年も出場するよー!」と元気に語っていたMikaさんに、ご両親の「親にとって子供はいつまでも子供」なのだという愛情あふれる複雑な笑顔?が印象的でした。最大のサポーターであり、スポンサーでもあるようですから・・・ 日の丸の旗を背負って応援していたお父さん、お母さん、お疲れ様でした。m(__)m
それにしても本場の観客は熱狂的です。歴史があるからでしょうね。第一回の World Chanpionships が始まったのが1950年だそうですから、私よりも大先輩です。競技が生まれたのはもっと古く、20世紀初頭のフランスらしいですから、100年以上の歴史があるわけです。その間、各国それぞれの衣装や鳴り物で、レースを肴に一杯やりながら、仲間と親交を温めつつ、応援するといったスタイルも歴史の一部になっているのだと、少々、羨ましく感じました。そんなシクロクロスの歴史を伝えてきた記者、カメラマンの数も半端ではありません。メディアセンターにはこれまた歴史を感じさせる年配の記者たちが、人差し指2本でノートPCと闘っていて、ちょっと意外でした。センター内には入れたてのエスプレッソが美女の笑顔とともにサービスされていて、さすがイタ〜リア!どちらも美味でした!それとTV中継の規模にも驚かされましたね。いったいカメラは何台あったのでしょう? コースを全部廻ったわけではないので正確には分かりませんが、30台ではきかないと思います。SkycamやTowercam、階段横にはRadcamと特機もふんだんに使って、
ハイビジョンの迫力ある映像を提供しています。今回、この映像を使って、2/29(金)の「銀輪の風」で日本代表の辻浦選手がシクロクロスの解説をしますので、興味がわいた方はMikaさんの前にシクロクロスとは何ぞやと知るために如何でしょうか?
でも、やっぱりそれまで待てないという江戸っ子気質のアナタはココ!

http://www.cyclocrossontario.com/videos

YOU TUBEってすごいですね。何でもあるんですから・・・ 著作権はどうなっているのでしょう? 噂によるとYOU TUBEにアップされていたフィリピン人歌手はそれがきっかけでジャーニーのボーカルにスカウトされたとか。40代以上の方ならジャーニーを覚えている方も多いのでは? ジャーニーといっても井上順ではありませんよ、念の為。あっ、これも40代以上か・・・ いや、45以上??? 

Moonyman
2008年02月06日

ある日

人々の思いやりに触れ 酔いどれの
社会の窓に
新風吹き込む
2008年02月05日

Viva! Siesta!

アルプス山脈.jpgトレビゾとアルプス遠景.jpg

毎日、イタリア料理を堪能しながらも、レストランの開店時間が遅いのは何故なのか分からずにいましたが、何となく分かってきました。初日の夜、6時過ぎにお店に行ったところ店員に不思議がられ、食事をしたいといったらOPENは7:30からだと追い払われてしまいました。その後、どのお店に行っても一番乗り、店内が埋まるのは大抵8時を過ぎる頃からでした。いくつかの店にはカウンターがあり、dinner time が始まるまで、スタンドバーとして会社帰りの人達が「一杯やってくか
?」的な感覚で、帰宅前にちょっとつまみを小腹へ入れながら飲んでいくようです。日本と違うのはホントに一杯だけで帰宅して、8〜9時過ぎからのdinnerのアペリティフとしているようです。イタリアはスペインと同じラテン民族の国。日本人には羨ましい「シエスタ」の習慣が残っているからか、昼食も1時過ぎからゆっくりたっぷりとるらしいのです。 必然的に夕食の時間も遅
くなるということですね。ということは必然的にイタリアの子供たちは夜更かしになるということでしょうか?Mikaさんたちオランダ人にはアンビリーバブルな生活でしょうね。Mikaさんに聞いた話ではオランダの子供たちは夜7時には寝るんだとか。当然、夕食も早くて6時には食べるそうです。どうりでブリュッセルのホテルにたどり着くまでのバスの中で力尽き、寝てしまった訳です。 機上から
見たアルプス山脈を境に北欧と南欧、アングロサクソンとラテンの生活スタイルの違いが解って面白いなあ〜と思いました。今なら飛行機で20分足らずで越えてしまいますが、ついこの間までは天然の万里の長城、ベルリンの壁だったということでしょうか。ひょっとして2つの民族の体型の違いは子供時代の睡眠時間の長短によるもの?「寝る子は育つ!」これは万国共通でしょうからね。体型、体格の違い、これはスポーツ選手にとっては重大な要素。Cicro-Cross という競技を見ていると、いやというほど体の違いを実感させら
れます。瞬発力と持久力、この2つの相反した要素の高次元でのバランス。大会前日に行われた18才以下のジュニアと23才以下のユースのレースを見て、ヨーロッパの人たちが自転車という身近な乗り物を使ったこの競技を愛してきた理由が少しだけ解った気がしてきました。
というわけで、いよいよレース本番の日がやってきました。

「Hup!(頑張れ) Mika!」

Moonyman
2008年02月04日

Viva? Carbonara・・・

ピザ屋店内.jpgピザ屋.jpgカルボナーラ.jpg

イタリアに来て初めてオランダがイタリア語でもOlandaと言うことを知りました。英語ではNetherland、自国オランダではHollandですから、国名や都市名の呼び方は国によって違うので混乱しますね。ヴェネチアもアリタリア航空の機内誌なのにブリュッセル発だったからかVeniceと表記されていました。ひょっとしてイタリア以外ではベニスで通っているのでしょうか?北京をPekinというのは日本だけ?東京をDonjinと発音するのも中国だけ?かもしれません。そもそも日本の名称でさへ、マルコ・ポーロさんの「夢の島ジパング」に始まり、いまやジャパン、ジャポン、ヤパン、ヤポン、リーベンと知っているものだけでもこんなにあるのですから、世界中でどう呼ばれているのかは想像も出来ませんね。
そんな言葉たちが明治維新の開国で様々な国から洪水の如くに押し寄せて来たのですから、現代に生きる我々がいま使われている外来語を全て英語と錯覚してしまうのも仕方ないことですよね。数少ないVocabularyで一生懸命に英会話しようとした時、知らず知らずのうちにオランダ語やポルトガル語、和製英語が混じって、相手に(?_?)な顔をされたことが何回かあります。そうした経験はあなたもaren't you?
トレビゾの街を徘徊していると、目に入ってくる看板の文字がオランダの時よりも目に馴染んでいます。RistoranteやTrattoria、Pizzeriaなど、イタ飯好きな日本人には見慣れているせいかも知れません。私たちは知らないうちにイタリアからの外来語も使っているのですね。マフィア、トトカルチョ、プリマドンナ、ブラボーなどなど、フランス語や英語を通して自然と日本に根付いています。言葉も人と同じように世界中で交流、交配?しているということでしょうか。(^_^;
さて、お腹も空いてきたのでホテルに近い大衆的なPizzeriaの一軒に入りました。勿論、ピザ屋なのでピザの種類は数え切れないほどあったのですが、ここにやっとお目当ての Spaghetti alla carbonara がメニューにあったのでさっそく注文してみました。イタリアに行けばいつでも食べられるものと思っていたのは浅はかで、トレビゾの街では5軒廻った中でメニューに載っているのはここだけでした。この地方の料理ではないのかもしれませんね。出てきたカルボナーラに添えてあったパルメジャーノを山盛りにかけて、期待に胸膨らませ口へ運んでみると、・・・ ん?? なんかしょっぱい! パスタを茹でるお湯の塩分が濃いせいか麺が塩辛くて、パルメジャーノもただの粉チーズ? 本場イタリアとはいえ、所詮、ピザ屋。過剰な期待をした私が愚かだったということでしょうか。でも、値段は12ユーロもしたんですよ。日本円にしたら約1900円です。大好きな料理だけに辛口評論になってしまいました。ピザのほうが少し安くて7〜10ユーロで大きさは30p以上、種類も30種以上あったのではないかと思います。食事に関してはどこに
行ってもイタ飯好きな日本人には問題ないと思いますが、総じて料理の値段は日本よりも割高感があります。リラからユーロに統一した影響が出ているのかもしれません。ホテルは4ッ星のシングルですがとても快適で、ネット予約の値段が60ユーロだそうですから、慎ましく飲んで食べて最低でも20ユーロは掛かる食事代はやはり割高ですよね。私にとってはたらふく食べても1000円でたっぷりお釣りのくる笹塚「ロビン」の大盛カルボナーラがイチバンデ〜ス!

Moonyman
2008年01月31日

Viva! Treviso!

KeyBox.jpg朝日のアルプスと月.jpgベニス俯瞰.jpgトレビゾの街.jpgホテル.jpgトワイライト.jpg

ブリュッセルの駅からバスに乗り、ホテルにチェックインしたのは夜の8時を過ぎていました。オッスの駅を出たのが午後の2時近くだったので約6時間かかったことになります。フリーウェイを飛ばして来た?ディレクターのほうが3時間も早く着いていました。部屋に入ると戸惑った表情の彼から思わぬ発言が・・・
実は明日のベニス行の便が早朝の為、空港近くのこのホテルをリザーブしたのですが、乗る便はこの空港から出るのではなく、ここから約60Km離れた別の空港から飛ぶという事が先ほどわかったと言うのです。(@_@)
どうも旅行会社のミスのようでブリュッセルには2つ空港があり、MiKaさん達はここから直接トレビゾへ、我々はベニスへ行って、そこからレンタカーでトレビゾへ入る事になっている為、情報に行き違いがあったようです。もうこんな時間なので今更ホテルを変更するわけにもいかず、明日の出発を早めることにして、4時にはチェックアウトする事になりました。トホホ・・ しかし、ここで威力を発揮したのがご主人からお借りしたカーナビです。何処にあるかもハッキリ判からないもう一つの空港へ、すんなりと30分で連れていってくれました。こんな時にはやはりカーナビは便利ですね。日本のものよりシンプルですが解りやすく誘導してくれます。そんなこんなで無事に空港には着いたのですが、今度はレンタカーを返す場所へ行ってもオフィスは閉まっていて中は真っ暗。それはそうです、まだ朝の5時前、外も真っ暗なんですから。さあ、キーはどうしたらいいのかと二人でうろうろしていると、ちょうど車を返しに来たこちらの人が親切に教えてくれました。そちらを見るとオフィスの表の片隅に何やらフランス語らしきものの下に小さくKeysと書かれた返却
ポストらしきものが佇んでいるではありませんか! 日本であれば大きな文字で目立つように表示してあると思うのですが、これでは初めての人にはちょっと判らないと思いますよ〜!(-_-メ)
ま、こちらにはこちらのスタイルがあるのでしょうが。それにしても誰も何もチェックしなくていいとは・・・ これこそホントに乗り捨てです。(^_^;
無事にブリュッセルを飛び立ち、アルプス上空に差し掛かる頃、ちょうど日の出を迎えました。窓の外はこちらに来る時とは反対に西の空に沈む月、東の空に昇る朝日となりました。眼下にはアイガー?やモンブラン?レマン湖?が見えます。真っ白なアルプスの峰々が山頂からだんだんオレンジ色に染まってゆくのが見れたのは早起きは三文の得ということに、間・違・い・ない!(古笑)
朝日に煌めいた海に浮かぶベニスの街を横目に見ながらマルコ・ポーロ空港に降りると、そのままハイウェイで北のトレビゾに向かいました。イタリアの高速は有料で、日本のようにETCもあります。オランダもイタリアもハイウェイで長距離トラックのマナーがとても良いですね。日本のような急な車線変更、いや、そもそも車線変更をしているトラック自体を見ていません。だから走行車線を一定の車間、一定の速度で連なっているトレーラーの横を追い抜いて行く時も、ちっとも怖くありません。日本はまだまだ改善の予知ありですね。そのての作品にも関わったことがあるので、是非とも「どげんかせんといかん!」
トレビゾは歴史のある街らしく、周りを河のお壕と城壁で囲まれています。駅前のお壕近くのクラシカルなホテルにチェックインしてレース本番を迎えることになりました。こぢんまりとしたエレガントな街の黄昏に教会の鐘の音が響き渡ります。

Moonyman
2008年01月28日

Viva! EU!


いよいよイタリアのトレビゾを目指してのアルプス越えです。といっても車で越えるのではなく、飛行機でですが・・f^_^;
航空チケットの関係で列車に乗ってブリュッセルまで行き、そこからアリタリア航空でベニスまで行きます。私はMikaさん一家と共に列車で、ディレクターはご主人から借りたPDAカーナビを頼りにレンタカーでブリュッセルに向かいます。国外のレースに家族と共に出掛けるのは初めてだそうで、お子さん達も飛行機に乗れるからかウキウキしています。オッスの駅でチケットを買い、途中の駅で2回乗り換えてベルギーに入ります。オッスを発車してしばらくすると車窓はまさに「世界の車窓から」で見た様な、遠く地平線まで緑が広がる風景が続きます。家族の楽しそうな様子を撮影しながらの列車の旅はこの仕事をしていて本当によかったなと思える瞬間でもあります。はしゃぐ兄妹、笑顔で見つめる両親、時には大きな声で奇声を発するAimiちゃんを真剣に叱るご主人、怒られて泣き出す彼女をあやすMikaさん。幸福な家族の温もりは何処へ行っても万国共通ですね。途中、乗り換えで1時間待った他は順調で、いつの間にか国境を越えてベルギーに入っていました。念のため、パスポートをポケットに入れてすぐに出せるようにしていましたが、全く不要でした。ち
ょっと呆気なさを感じつつも、ここはEU圏なのだと妙に「歓心」してしまいました。通貨もユーロに統一され、国境のない世界を実感すると国家とは何か考えてしまいます。日もすっかり落ちた頃、ブリュッセルの駅を降りるとそこはフランス語が飛び交う世界。ホームでも熱い抱擁を交わしているカップルがあちらこちらにいて、EUになってもお国柄が残っているのはいとをかしですね。空港近くのホテルで一泊し、早朝の便でベニスに行く予定でしたが、ここで予想もしない大変なことが・・・ (*_*)

Moonyman
2008年01月27日

Viva! OSS!

取材.jpgImage432.jpgネット配信.jpg

オッスはとても落ち着いた閑静な街で、もちろん風車もあります。道路は車道、歩道、そして自転車道ときれいに整備され、道路脇には電柱が無いのでスッキリとして空が広く見えます。人口は8万人程ですが、オッスには地元のケーブルテレビ局があります。Mikaさんのお宅に行くと、ヤポネのTVがおらが街にやって来るということで、どうもこちらが逆取材される事になっているようです。どうもご主人がリーク?したらしい・・(^_^;)
ご自宅裏の公園でこちらがインタビューしているところを撮影したいという事で、もう後ろから前からどうぞ、という状況の中、現れたのは30位の男性と20代半ばの女性の二人。勝手に男性がCameramanだと思っていたら、なんと鼻にピアスをした赤毛のアンのような女性の方がそうでした。お天気が怪しいせいかレインカバー?でCameraが何かよく判りませんでしたが、大きさからDV系で、レンズはFujinon、三脚はCartoniを使用していました。言葉は交わせませんでしたが、お互いEye ContactでSmoothに撮影が進行したという事は、お主、お若いのになかなかの奴・・? それにしても、こちらの習慣でしょうが、目が合うと女性は必ず微笑んでくれますね。嬉しいけれども上手く微笑み返しが出来ない、東洋から来たシャイなオジさんに、もうチョット欧米化!(?_?)
その日の夜、北京のヤンさん宅と同じようにこちらでもオランダ料理の夕飯をご馳走になってしまいました。東京からレースの応援と可愛いお孫さんの顔を見に来たMikaさんのご両親との賑やかな愉しいひと時をご一緒させていただきました。その日の夜8時には逆取材されたニュースがONAIRされるということなので、それもご一緒しました。皆で今か今かと待っていると、なんとトップニュースで流れてきました。ママが写ると5才のTaro君も3才のAimiちゃんも大喜びで、目が合うとお兄ちゃんはちょっと誇らしげに笑い、Aimiちゃんは少し照れたようにニコニコしています。見終わると一同顔を見合わせ、思わず拍手!皆の素敵な笑顔が忘れられない夜となりました。次の日、ご主人が帰宅すると、おもむろにノートPCを開いて手招きします。画面を覗き込むとそこには何と夕べのニュースがネット上にアップされているではありませんか!ネット環境が整備された世の中になり、映像も活字と同じデジタル情報のひとつなのだと今更ながら実感しました。
明日からはいよいよレースに向けてイタリアに移動です。カルボナーラ大好き、パルメジャーノ大好き人間として、これだけは声を大にして言いたい。
「Viva! Italiano!」

Moonyman
2008年01月25日

Viva! CICLO-CROSS

満月.jpg夕日.jpg

自転車競技の「シクロクロス」の取材でオランダに来ました。日本ではあまり聞き慣れない競技ですが、冬のヨーロッパでは人気スポーツの一つだそうです。オランダの男性とご結婚されて、オッスという街に住んでいる Mrs.Mika Ogishima さんにイタリアのトレビゾで行われるレースまで密着します。一男一女に恵まれ、育児をしながら冬のシーズン、シクロクロスのレースに出場しているのだそうです。成田からJAL411便でアムステルダムまで約12時間、久しぶりの長距離飛行です。離陸後、北北西に進路をとり、ハバロフスク上空を通過して、眼下が一面真っ白の凍土になった頃、東の水平線から満月?が昇って来ました。反対の西の空にはまだ真っ赤な太陽が残っています。上空10,000mで見る月は凛とした姿でとても美しく、神秘的でしばし見入ってしまいました。その上、JAL SKY MUSIC から夏川りみが歌う中島みゆきの「時代」が流れて来たからたまりません。

♪だからどんなに悲しくて 涙も涸れはてて もう二度と笑顔には なれそうもないけど〜

歳をとると固くなるのは頭だけで、それ以外は全て緩んでくるようで、涙腺も例外ではありません。

♪あんな時代もあったねと いつか話せる日が来るわ そんな時代もあったねと いつか笑える日が来るわ だから・・・

透んだ歌声にだんだん月が二重三重に見えてきました。(>_<)
徳永英明も同じ曲をカバーして売れていますが、りみちゃんのアルバム「歌さがし」もいいですよ。全部カバー曲でどれもオススメです。SKY CINEMA はピーター・オトゥール主演の「ヴィーナス」を観ました。歳の差、50才位の老いらくの恋を描いた映画で、「怒っちゃいけない、来た道だ。笑っちゃいけない、行く道だ」という格言がありますが、男としては微笑ましくも哀しい映画でした。ひとつ凄いと思ったのは、絶望している表情のアップがあるのですが、目の瞳孔が限りなく閉じているのです。外の明るい所であれば当然ですが、暗い部屋の中でのカットなので驚きました。瞳孔は意識して動かせない器官でしょうから、生きる望みを失なった役になりきってActしていたピーター・オトゥールには本当に脱帽です。お爺ちゃんになっても「アラビアのロレンス」の時のように、こめかみに掛かる前髪が健在なのも微笑ましくていいですね。
この映画は中年以上の方にオススメです。(^_^;)
というわけで、機上はとても快適だったこともあり、あまり睡眠をとらずに来てしまい、時差ボケで全然眠れませ〜ん!これからディレクターと二人、お互い拙い英語をトゥギャザーしながらの珍道中、さてさて、どんなトラブリューな旅になりますやら・・・

Moonyman
2008年01月03日

謹賀新年

SBSH00051.JPGSBSH00191.JPG明けましておめでとうございます!

本年もみなさんにとってより良い年でありますように!

写真は静岡県静岡市清水のカウントダウンの様子です


Ks,
2008年01月02日

謹賀新年、大晦日を振り返る・・

20080101014657.jpg20080101012915.jpg20080101002807.jpg
'07は最後にまさかまさかの大逆転劇が相次ぐ年でした・・・。今年は一体どんな事が起こる年となるか。さて、今更ですが、大晦日の年越し出来事を少し。
地元さいたまスーパーアリーナにて、大晦日格闘技イベント二本立てを観戦しました。最初の「ハッスル」が13:00開演〜16:00頃までで、次の「やれんのか」の開演が20:00からと、かなりの中空きが有った為、近くにあるMOVIXさいたまにて「AVP2」を鑑賞、そして19:00開場に合わせて再びスーパーアリーナへ。
通な試合が続く中、注目の試合はやはり三崎×秋山戦と、ヒョードル×ホンマン戦でした。いやぁ、やっぱりヒョードル強し。人類最強の看板に偽りなしか!?そして試合後にはカウントダウンが。イベント参加しての年越しは初めてでしたが、中々良いものですね!イベント終了後、地元埼玉で有名な氷川神社へ年越し直後の初詣へ。
かなりの人出の中、今年の願掛けをしてきました。 そこで引いたおみくじは「吉」・・・う〜ん、微妙だ・・・
何はともあれ、良い一年で有りますように!
N.K改めKdz
2008年01月01日

ゆく年くる年

ヤン一家.jpgゆく年くる年~00.jpgジャニーズカウントダウン.jpg

北京で撮影してきた朝ズバッ特番が28日にON-AIRされました。私が担当したヤンさん一家と小学校は番組の後半、格差社会と教育をテーマとする部分でした。画作りにおいていくつか反省するところはありましたが、現場で感じた空気、温度、匂いのようなものは伝わったのではないかと思います。ディレクターのヤンさん一家への思い入れが強かったぶん、なかなか客観的に編集することが難しかったのではないかと思いますが、フートンで暮らす庶民の生活感を伝える事は出来たのではないでしょうか。実質二日間でヤンさん一家の喜怒哀楽が撮影出来たのは、もちろんヤンさんの人柄によるものでしょうが、その元には北京のフートンという土地柄も関係しているのかもしれませんね。ともかく思い出深い人々との作品に出会うことが出来たことに感謝です。今年も終わろうとしていますが、ゆく年くる年を見ながら、ゆく年を思い出しつつ、くる年に想いを馳せ、どんな一年になるか期待に湧く沸くです。隣からはジャニーズのカウントダウン大合唱が聞こえています。
ウ〜〜〜ン、(^_^;
新年明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願い申し上げます!
m(__)m
   Moonyman
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